骨壺の中身を見たい衝動に駆られる時。

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同じ人いるかな。

骨壺を抱っこしていると、ふと突然、
骨壺の中身を見たい衝動に駆られる時がある。

何でかは分からない。
無性に骨壺の中を見たくなる。

別にみてもいいんだろうけど。
何となく見てはいけない気がして、骨を入れた時以来、中身を見たことがないのです。
火葬場で骨壺に入れて、箱に入れて紐で結んだままの状態。
自分の中で、紐をほどいたらもう気持ちを止められない気がして、紐だけは取らないないようにしています。

でも、どうしても中身が見たくて、上の隙間から必死に覗こうと指でこじ開けようとしている時がある。

そこをこじ開けたって、蓋しか見えないんだけど。
それは分かっているんだけど。

何て言うんだろう…この感情。

この骨壺の中には、赤ちゃんの骨があります。
でもさ、本当にあるのかな?

火葬の時に骨は残った。
でもすごく小さくて、薄くて、脆くて。

火葬後、家に帰ったり、お経呼んでもらうためにお寺に行ったりしたときに、「せっかく形が残った骨が、移動の振動で壊れて粉々になってないかな?」と不安だった。
何度も動かしてるし、今はもう形は残っていない気がする。
粉になっている気がする。

そもそも、粉の状態でも残っていてくれてるのかな?
粉々すぎて、もうないんじゃないか?
それに、湿気とかでカビてたらどうしよう?←これ、ほんとどうしよう。

そんな色々な事が頭をよぎり、開けられません。
形が残っていたとしても、見たらまた辛くなりそう。

見たいような、見たくないような。
でも無性に見たくなる時がある。

多分さ、別に骨が見たい訳じゃない。

赤ちゃんを見たいんだ。
私の赤ちゃんの姿を、見たいんだ。

だけど、そこには赤ちゃんのあの姿はない。見れない。
骨になった赤ちゃんだ。

赤ちゃんだけど、何だろう、んー、赤ちゃんだけど、赤ちゃんの顔や手は見れない。
それを理解しているからこそ、「見たいけど、見たくない。」んだ。
赤ちゃんを見たいけど、骨になった姿を再確認したくない。

骨壺の中に赤ちゃんの姿がいる気がして、無性に見たくなる時がある。
開けたら、会える気がする。

でも、そこにいるけどいない。
うまく言えないけど。

もう魂は、骨壺の中にいない気がしています。
だから、骨はあるけど、いない気がする。
もう何年も経つもんね。

天国にいて、転生してるかもしれない。
天国での生活を満喫して、地上の事は過去になっているかもしれない。
地上にいたとしても、色々散歩しているかもしれない。
子供達の守護霊になっているかもしれない。

分からないけど。
本当はどこにいるんだろうね。

それでもたまに、骨壺の中を見たくなる。

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