切迫早産からの出産。

出産の記録
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4度目の妊娠出産から4年後、私は子供の幼稚園入園したら働こうと思い、完全に妊娠・子供を諦める事にしました。

これだけ待って妊娠しなかった。
これが運命。
そう受け入れて仕事を探し始めた頃…

何と、妊娠が分かったのです。

普通にびっくりしました。
このギリギリに!?と。
本当に、来月から面接に行こうと仕事を必死に探している時でした。

運命とは不思議なものです。

二人目以降の妊娠中は一人目の時のように安静には出来ず、どうしても動かなくてはいけません。
幼稚園の送り迎え、参観会、子供同士の遊びに付き合う…

出来るだけ無理をしないようにしていましたが、何が原因なのか分かりませんが、30週の時に『切迫早産』になりました。

妊娠22~37週未満で赤ちゃんが生まれるのが「早産」。
産となるリスクが高い状態を「切迫早産」といいます。

 20週くらいの時に張りがあったので張り止めを貰っていたのですが、ある程度飲んだら収まり、経過も良かったので飲まなくて良いと言われていました。
たまに張る時に薬を飲んでいましたが、飲むほどひどい張りはまれにしかありませんでした。

30週の時に行った検診。
この日はいつもより混んでいて、元々腰が痛かったのもあって待っているのが結構しんどかったんです。
2時間以上待ち、やっと先生の内診へ。
そこで子宮頚管が1.6cmしかない事が分かり、先生には
「このまま入院になるかな…」
と急に言われました。

切迫早産に対する知識が全くなかった私は、子宮頚管の長さの話しも全く分からず、「???」状態…。

「入院?いきなり?いきなり入院って言われても困るんだけど…」
家の中はそのまんま、子供は幼稚園に行ったまんまだったのです。

混乱しながらも、促されるままNST検査を行いました。
初めてのNST検査。
あるのは知っていたけど、前回の妊娠ではやらなかったんですよね。

横になり、色々お腹に貼り付けらる。
機械で測っている間に、キューッとお腹が締められる感覚がありました。

ちょうど機械を固定するベルトの部分だったので、
「この機械で締められてるのかな?」
と素で思っていました。

よくマッサージ機とかでキューっと圧をかけて血流を良くするやつありますよね。
そんな感じの感覚があったのです。
今考えるとかなり恐ろしいのですが、これが「張り」なんですよね。
機械がやっているかのような定期的な「張り」。
入院中も、こんな定期的しっかりした張りはありませんでした。

結果はやはり『即入院』でした。
長い待ち時間のせいなのか?それともずっと張っているのに気づかなかったのか??

流産死産は意識していましたが、切迫早産になるとは…
そして自宅安静とかではなく、即入院になるとは…
正直、思ってもみませんでした。

本当に私は妊娠に向いていない身体です。

まだ生まれたら困るので、生まれないようにするために絶対安静&24時間点滴をしなくてはいけません。
軽い人なら絶対安静と薬だけでいけるようですが、私はもう点滴レベルだったらしく、点滴をしたらよっぽど良くならない限り、ずっと点滴をし続けなくてはいけないそうです。

普通に歩いて診察に行って、「帰りはどこでランチしようかな。」なんて思ってたのに、診察後は車椅子に乗せられて病室へ行き、即点滴で繋がれ絶対安静生活となりました。

そうなんですよね。
「生きて産まれてしまえば何とかなる。」
前はそう思っていたけど、実際はそうではないんですよね。

どれだけ医療が発達しても、どうにも出来ない事がある。
命はもちろんのこと、身体を形成するにあたって、母親のお腹の中でしか行われない事が多々ある。
不良品の私の子宮だけど、それでも古来より人間を造り命を産み出してきた「子宮」のはしくれ。
私の子宮の中でしか、赤ちゃんの器官・機能を完成させられないのです。
だから、出来るだけ長く、出来るだけ正産期まで子宮の中に留めて、器官を作ってあげないといけないのです。

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